2010年12月18日土曜日

アルス・ノーヴァと透視画法

国土の三分の二を高地と山に覆われたイタリア半島は、豊かで広大な平地が広がる地域とはいささか異なる生き方が必要とされている。イタリアの人々は地中海に突き出た地の利を活かし、東方の人々と積極的に交易し、手工業を発達させるという生き方を選択した。
西ヨーロッパの農業社会が安定した食料増産による経済的発展を迎える時、この半島の役割は、大陸にない物質資源を調達し流通させること、さらにその為の積極的な人間的交流を計ることにあったからだ。

農業中心社会に於ける生き方では自然に従い、それを掌る神に従順であることが求められる。当然、そこでは清貧禁欲な生活を尊ぶ、キリスト教的価値観が大きな意味を持つ。しかしイタリア、特にフィレンツェでは商業や手工業の発達を促す別種の価値観が必要とされた。それは現実的、合理的な生き方を賛美し、自然より人間中心の生き方とそれを支える考え方。ルネサンスのイタリアは新しい価値観とキリストに変わる新しい神を探していたと言えるようだ。

商業や手工芸に携わる人々から新たに生み出されたモノ、それはアルス・ノーヴァ透視画法。二つは新しい生き方、神に関わるためのメディアです。ルネサンスの音楽と絵画・建築に期待された役割、それは「あるはずの世界」を「あるがままの世界」に変容することにある。超越的な神が君臨する中世キリスト教社会ではなく現実的、快楽的、人間中心的社会を賛美する世界を描くことにあった。

透視画法の役割は、神の介入無くしても存在しうる、秩序ある統一世界を生み出すこと。画面の中に描かれる平行線は全て一点(焦点)に集まる、この一点を中心として描かれた世界には秩序ある統一が存在すると考えられた。そして建築家や画家たちは、ギリシャ以来の哲学者のイデアや神学者の神に関わることなく、「生きるに足る確かなる世界」を透視画法の画面の中に発見したのだ。

透視画法の発見はコンピューターの発明にも似た新しい世界、アナザーワールドを切り開くものと考えられる。アナザーワールドとは、西欧的生き方に於いては欠くことの出来ない「あるはずの世界」ではなく、誰もが生きる「あるがままの世界」。ルネサンスの人々が透視画法に夢中になったのはこの一点にある。

人々はアナザーワールドを実際に「建築」を作ることなく、透視画法の中の建築的世界を生み出すことで、秩序ある世界の存在を実感した。つまり絵画が建築に先行し、空間を表現することが可能となったのです。
建築家はもはや、建築物や模型に頼ることなく、絵画によって「建築」を生み出すことになる。もっと別の言い方をすれば、建築家の仕事は実際の建築を作ることではなく、作るべく建築のコンセプトを描くことに変わっていく。そして建築はそのコンセプトに従い、職人たちの力によって建設される。
つまり「建築」は物理的実体以前に、思考の経過を示すことが重要な役割となった。それは中世以来の学問への参加、ブルネレスキやアルベルティに示される、近代建築家としての新たな使命、アナザーワールドの構築ということだろう。

20101210