2010年10月9日土曜日

オペラ劇場、建築としてのもう一つの役割


演劇の上演にあたって音楽が用いられることは、古代よりどこの文化シーンでも常識化している。その目的が宗教的経験であったり、世俗的娯楽であったりすることも共通。中世の受難劇がオペラと異なるのは、題材の違いは当然としても、前者が場面、衣装、舞台装置を用いないだけで、音楽とせりふの関係はほとんど変わらない。むしろオペラの特色は演じられる場、劇場にある。近代の祝祭空間であるオペラは宗教改革に揺れるヨーロッパ社会にあって、教会とは異なる<劇場>を得たことで、その後に連なる大いなる展開の糸口をつかんだように思える。一方、ギリシャや中世の祝祭空間から見ると、劇場を必要としたのは音楽家や演奏者ではなく、観客であることがわかる。全員参加が前提の古代の祝祭にあっては劇場は必要とされなっかた。

オペラと近代劇場の誕生、各々は決して同時に同じ場所で生まれたものではない。発展の経緯は後述に譲り、その契機を見る限り、オペラはすでに存在している劇場の形式にあわせ、その形式を整えて行ったように思える。つまり全員参加の祝祭空間に<劇場>の持つ<見る・見られる>という装置を巧みに取り込むことにって、オペラと言う形式を整えていったのです。 
一般に劇場をめぐって建築家と音楽家はいつも争う、「この劇場は使いにくい、音楽のために作られていない」。現代社会ではオペラ劇場はオペラ上演のためにあるのだから、建築家はこの批判に対処しなければならなのは当然、しかし、契機から見る限り、かっての建築家には弁護の余地はある。何故なら、建築家は祝祭から誕生した観客のために作ったのであって、音楽家の為ではない。

ギリシャからローマ、ルネサンスから近代とたくさんの劇場が作られた。しかし、ギリシャのエピダウロス劇場、北イタリアのテアトロ・オリンピコ、これらの劇場はともに演劇低迷期に建設されている。エピダウロスはアイスキュロス、ソポクレースというギリシャ悲劇の作家が活躍した100年も後の建設。テアトロ・オリンピコはヴェネツィアでモンテヴェルディのオペラ人気を博す50年も前に建てられている。この事実は劇場はオペラや演劇のためにのみ必要とされたのではないということを示している。

いつの時代も建築の役割は、人間の必要に答えることであり、人間の生活のための安全・便利・快適な空間を作ることにあるが、しかし、必ずしもそれだけが全てではない。建築は人と人、人と世界の関係を調整するという役割を持ている。かってギリシャ劇場が「人と神」、「人と世界」が有効な関係を生み出す装置としてデザインされていたように、<劇場>はその物理的配置や形によって「世界」を表現しなければならなかった。
従って、建築家は劇場空間全体を「世界のかたち、そのモデル」として作ることで、人間のいるべき場所を示し、世界と人間との関係を明らかにしようとした。観衆一人一人が劇場を体験することで、自分自身がいま「世界」のどこにいるかを実感出来る装置として、劇場は作られなければならなかったのだ。 図版はロッシーニのオペラ「セビリアの理髪師」が1816年2月20日初演されたローマ・アルジェンティーナ歌劇場」http://www.and.or.tv/operaoperetta/1.htm