2010年4月10日土曜日

長谷寺・阿修羅像


長谷寺も近かった、室生からは電車でふた駅。 
この寺はちょくちょく訪れる、真言宗豊山派の総本山、わが寺、青梅即清寺の源だからだ。  
当然、わが父もここに眠る、したがって、奈良に行けば立ち寄り、三重に行けば立ち寄ることになる。  
室生とおなじ、駅を出て山を下ればそこは初瀬川、橋を渡れば参道だ。 今日は丁度昼時、橋脇のいつもの店でうどんをすする。 
いやぁ、ここの店主もいつものおばあさんだ。 
わずか600円のうどんだが、決し決して、侮れない。 
もちろん、ここの名物はそうめんには違いない。  
しかし、ボクはこの店の、このばあさんのうどんが好き。

 
人心地ついて参道を歩く、今日は観光客が一杯。
 ツァーバスもあえて山門前を避け、参道を歩く、ゆっくり参拝がメインのようだ。 
したがって、寺まで700メートル位だろうか、まるで、都会の繁華街のようなにぎわい。  
にぎわいは山門をくぐるとなお一層だ。 
この寺は奈良でも大きい。 
今回は東大寺も興福寺も訪れてないが、ここのにぎわいは薬師寺、法隆寺にも負けることはないようだ。 
名物の階段回廊はラッシュの渋谷駅か、当然だろう、 周辺はここぞとばかり花一杯咲き誇っている。 
立ち止まりカメラに家族を納めたい集団、段数の多さにややへばり、一息つきたいご老人、 その脇をざっとのごとく駆け抜ける高校生らしい男女の華やぎ。 
今日はさすがに、仏となった親父と会うのは難しかろう。 
正式参拝をあきらめ、かって知ったる抜け道を上がり下ろし、 花と塔と舞台をiPhoneに納め、早々に退散した。 

さぁ、終わった。 
帰ろう、あとは近鉄で京都に出れば、もう東京だ。 
たぶん、法隆寺から室生に行く時間と変わらないかもしれない。 
しかし、まだ3時。 
大急ぎ、駅に引き返し、奈良の国宝館に寄ってみることとした。 
国宝館には4時過ぎには入館出来た。 
当然の人ごみだが、ここにはなんと言っても八部衆とそのメイン阿修羅像がある。 
人ごみと言ったって、東京の国立博物館とは違う。  
目の前でたっぷり全像を拝観出来るのだ。 
コースはよく出来ていて、まずは旧山田寺の仏頭、あの凛々しい少年のような仏様。 
そして回り込み、興福寺の国宝の数々を見学し終わると、 最後がいよいよメインの阿修羅。 
その周辺は先ほどの仏頭と入れ子の配置で興福寺西金堂の本尊、 大きな釈迦如来像が君臨している。 手前はこれもまたすばらしい。 
八部衆とは面白い対比となる十大弟子立像。 
そして振り返れば、かの乾漆八部衆。
 このスペースは国宝中の国宝がすべて一望のもと。
 大げさな言い方だが日本で最も贅沢な場所と言って良いかもしれない。 
幸い、ここも閉館は午後5時、まだ時間はある。
 居座りながら阿修羅をたっぷり眺めた。 
そして、気がついた。 
面白い、この像だけが鎧兜がない。 
その仕草、外の七体いや実質六体ははほとんど動きがない。 
手前の十大弟子も同じだ。 
しかし、どうして阿修羅だけ、こんなに手を広げ、首を動かし舞っているのだ。 
まるでギリシャの踊るサチュロス! 
さらに、もう一つ、阿修羅の目は涙目だ! 悲しんでいるのではない、むしろ喜んでいる、 しかし、その瞼には涙が浮かんでいる。
時間が来て国宝館を追い出されたのは定時だが、 その目の前には興福寺の五重塔がまた明るくなったかのような夕の光に照らされていた。 
どうだ、もう帰れるか、もうひとまず、猿沢の池に下り、塔を眺める。 三条をぶらつき駅近のアーケードで土産と車内弁当を仕入れ、 近鉄奈良駅に向かった。
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