2010年4月8日木曜日

法隆寺


中宮寺は法隆寺ではない。 
太子の御母、穴穂部間人皇后のお住まいを崩御の後、そのまま尼寺にしたと書かれている。 
その建築も鎌倉時代には荒廃に次ぐ荒廃。 
現在は水に囲まれた楼閣風の雅な近代建築、 尼寺の面影を宿す国宝の観音像にピッタリなお堂となっている。 
周囲は初めて触れる古代への感動だろうか、高校生たちの嬌声がかまびしい。
 靴を脱ぎ、堂内に入れば、 そこでは半跏思惟といわれる童顔で清浄な中性的微笑みが迎えてくれる。 
静寂の中に、かっては金色だろうが、今は残された漆で真っ黒な仏が、 正面からの自然光をうまく取り入れ、親しげに鎮座している。 
不思議なお顔です、微笑んでいるかと思うと悲しんでいるようにも思える。
 両隅はこれもまた国宝の天寿国曼荼羅、 しかし、大勢が堂内に入り、触れれば倒れてしまうような展示。 
多分レプリカだろうが、この曼荼羅を息も吹きかけんばかりの、 マジかで鑑賞出来るのはここだけに許される楽しみだと思う。

 
中宮寺は一番奥です、入り口がわは東院の四脚門の正面は夢殿。 
二重基壇八角円堂のこの建築は天平にあっては考えられないほど繊細な建築。 
この複雑繊細な建築を修理に修理を重ね、持ちこたえて来た工人たち意志のようなものが感じられ、 高校生たちの嬌声と雑踏の中ではあるが、しばらく立ちすくみ眺めていた。 
堂内は当然、有名な救世観音。 
しかし、今日は拝観日ではない、むなしく廻廊を巡り、段を降りる。 降りて裏の伝法堂を見学したが、ここもまた人人人、そして、疲れた。 
早めに宿に行くこととし雑踏を離れる。 
宿は老舗だが今はうらぶれている、しかし、部屋の作りは一流だ。 
二間続きの本格的設えの和室など最近泊まったことないので、やや、感激。
 顔をあらい、茶を飲み、畳の上、大の字に寝そべる。
 ひとしきりまどろむかとも思っていたが、一休みすればもう元気。 
夕食は7時にと、宿の帳場に言いおいて外に出た。

 
宿の裏手、住宅街の先の山の麓は藤ノ木古墳とある。 
そこまでの道筋、比較的上質の住宅ばかりで驚いた。 
斑鳩特有の土塀がそこここ、もちろん古い農家風の家がないわけではない。 
しかし、全体は一見、高級住宅街。 クルマがやたらに通りかかるわけではない路地風の街路、 新しくはないが古くもない家々。
 低い家並の瓦と左官の壁が遅い午後の光を反射させている。 
藤ノ木古墳は何処にでもある幼児用の公園という雰囲気。 
都会からであろうご夫人が二人、日当りの良いベンチに腰掛け、おしゃべりに夢中。 
考古学に関心のないボクができることはiPhone を取り出し、ポチポチポチ。 
山麓から家並と畑に降りる先端となるこの円墳の位置、 なるほど、大昔とはいえ、墓をつくるならこの場所が絶好と、 妙な得心を得たことを潮に法隆寺西院伽藍に向かうこととした。

山裾の道をそのまま東に戻ると、法隆寺の西大門。 
しかし、まだ境内に踏み込むのは時間が早い、左に折れ築地塀に沿い上り勾配の道を歩く。 
予測通り、ちょうど良い場所に出て来た。
右手には塀沿いにお目当ての五重塔だ。
 iPhone片手に、上り道を歩きポチ、歩きポチ。 
こういう時はさすがにデジタルは便利。 
枚数は関係ない、ただただ歩きポチポチポチ。 
一頻り登った後、また引き返し、今度はようやっと門をくぐり西円堂へ。 
ここの石段を上るともう五重塔は目の前だ。 
しかし、まだ時間は早い。 
伽藍の見学は5時まで可能、見学者がある限り中門をくぐるのは後回しにしようと考えていた。
 今は、ゆっくり外から眺めるだけ。 

確かに、この寺は古い。 
そして、作りは簡素、部材は大きい。 春の西日は何処までも優しく、決してこの建築だけを強調しない。 
しかし、周辺の木立に負けず、整然と立ち尽くす塔の姿、 それはまさに静かなる人間の力そのままを表している。
 何を見るわけではない、のんびりとこの聖域に佇んでいたいだけの旅。 
今は、ただひたすら、伽藍の外側から塔を眺めている。 
そして、気がついた。 iPhone のポチポチをしばらく忘れていたと。
 
中門の西側の回廊入口が西院伽藍の見学入り口。 
チケット買い、中に入るともう見学者はほとんどいない。 
閉館近く、手持ち無沙汰の管理のおじさんたちは、 写真を撮るならあそこがいい、ここがいいと教えてくれる。 
そろそろ、金堂は扉を閉めるから先にここから見学してくれ。 
まぁ、親切なのか、おせっかいなのか、一日の仕事を無事に終え、 管理の責任を果たした安堵感だろう、 やけに馴れ馴れしいのは何となく解るような気がする。 
こんな時間の入場、先方から見れば、特殊な見学者と思えるかもしれないが、 写真を撮ると言ったて、所詮、ボクの手にあるのはiPhoneのみ。 
とっておきの芸術写真が欲しいわけではなく、 ただ朴ねんと歩き回り、古代の時間を感じたいだけなのだ。
5時を回り、おじさんたちにさよならを言う。 
いや何のことはない、追い出されたのだ。 
夕食にはまだ時間があるので、来る時に写真を撮った天満池にもう一度行ってみる。 
この時間、まだ日は暮れない、 右手には木の間隠れに五重塔、左手は何処にでもある畑と家と諸々。 
何の変わり映えしない日常の風景、しかし、ここは太子と共にあった歴史ある場所。 
爽やかな春の風と柔らかな夕方の光を感じ、 呆然と時間をやり過ごし、漠然と空にある白い雲を眺めていた。
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