2010年2月15日月曜日

音楽から始まったキリスト教建築

偶像が拒否されていた初期キリスト教時代、礼拝に参加することが許されたのは、建築や絵画・彫刻ではなく音楽です。
当初の教会は雨風をしのぐ粗末な小屋や、ありきたりの民家さえあれば充分でした。
そこで必要だったものは音楽、ミサ典礼という音楽によってのみ、キリスト教が示す神の国を現出していたのです。
キリスト教典礼は徐々に初期中世の人々(ゲルマン人)の日常生活にしっかりと組み込まれて行きます。
そして、人々はミサのための恒久施設を必要とするようになり、教会堂建設が始まりました。

ローマ時代が誇った数々の建築群は敬虔なキリスト教徒にとっては異教であり、不必要な存在です。
従って、ゲルマンの人々は当初、自分たちの持っている技術、木造で教会堂を作り始めます。
しかし、堅固で永遠の神の館、神の国を視覚化するには、木造より耐久性の優れた石の建築が必要です。
堅固な建築なら天井は木材でも良かったのですが、教会堂は石の天井。
ローマの建築にある重い石のトンネルヴォールトや交差ヴォールトの建築にする必要は何処にあったのでしょうか。

彼らが必要としたのは堅固で恒久的という強度的理由だけではありません。
ゲルマンの人々の石へのこだわりは音響効果です。
ドームはその形状によって天空を象徴してはおりますが、そのドームが石造で作られたことから生れた反響と残響こそが不可欠だったのです。
石の天井の反響によって、教会堂の内部空間に響く単旋律の歌声は悪戯に情感を高めることがなく、厳粛な静けさと繊細な均衡を持った気高い旋律に変化し、その歌声が持続的な音に満たされた神の国を現出し始めていきます。

カロリング期に入り、様々な地域は見よう見まねで、石造の教会堂をつくり、建築史の中では最も多様な様式を持つロマネスク時代を迎えます。
音楽からはじまったキリスト教的芸術感は当然、建築にも反映されました。
つまり、異教ローマ建築をそのまま引き継ぐのではなく、グレゴリアンチャントの視覚化が教会堂の使命です。

教会堂の内部空間を体験してみましょう。
身廊のアーケード(アーチの連続)がゆったりとしたリズムを刻みます。
その上のトリフォリウムはアーケードの倍音を構成します。
トリフォリウムのアーチから静かに差し込まれた光は身廊の床に反響し柱の旋律に絡まります。
重力と空間全体を支える質量を持った石の厚み、その厚みが織り成す柱のリズム、
それらはすべて聞く人の内面に響くグレゴリアンチャントの体験とまったく同質であると理解されるでしょう。

音楽と建築とのあまりにもぴったりとした照応、この時代はまた音楽において、
モノフォニーからポリフォニーへの展開の時期でもあったのですが、
その音楽の展開に誘導されるようにロマネスクの空間もまた多種多様な展開を遂げてゆきます。
つまりロマネスクは芸術史上唯一、建築と音楽の融合の時代であったと言えるのです。



(Gregorian Chant (Advocatam) Llibre Vermell de Montserrat from quijote347 on YouTube)