2009年11月5日木曜日

劇場としてのカンピドリオ広場

計画案は一見、コルシーニャの丘のピエンツァの理想都市を思い起こさせます。台形の広場を囲み、正面に舞台背景のような建築を配しているからです。しかし、ピエンツァの計画からすでに八十年余り、アルベルティの理想もミケランジェロの時代に至っては大きく変質しています。ミケランジェロの時代とは美術史でいうマニエリスムの時代です。静縊なウルビーノの理想都市図が現実的なセルリオの都市風景に変容するように、あるいは聖堂のモテトゥスより宮廷での知的なマドリガーレが人気を博す時代です。十六世紀始めの芸術はルネサンスの持つ等質等方な静的秩序から動的で現実的、感情的経験の対象へと変わっていきました。つまり、広場は最早、かってのように都市の理念を想起させる場ではなく、視覚的世界、舞台背景として作る必要があったのです。そして、ここからがミケランジェロの面目躍如たる計画です。バロック都市あるいは劇場都市ローマを先駆けるこの広場は只眺めるためだけの広場ではありません。そこは動的に体験する場、実感をもってドラマを体験する場としてデザインされているのです。
コルドナータ(階段状の斜路)をゆっくりと登ると、中央のマルクス・アウレリウス像と左右の邸館は舞台上の透視画法を強調するように立ち上がってくるように感じられます。正面は騎馬像の背景としてのパラッツォ・デル・セナトーリオです。かっての元老院、中世には市庁舎として使われたこの建物、ミケランジェロは鐘塔を中央に付け替え、主階玄関テラスへの階段を左右に設置しました。対称形に置かれた階段の側面で囲われた三角形の中央のニッチには、これもまた古代ローマ時代のもの、ミネルヴァ像が据えられています。その左右にはナイルとテヴェレの川の神が座しこの像を守っています。広場の内部に立入ると、ここは屋根のない建築の内部空間の趣きです。ここはまさにドラマの中の古代ローマを体験する場として設えられているのです。
マルクス・アウレリウスを起点とした正面の舞台構成を都市ローマを守護する祭壇とするならば、広場はちょうどその聖堂の身廊の役割を担っているように見えてきます。左右の邸館のファサードを飾る大きなピラスター(壁柱)、基壇に載り厚いコーニスを支えるコリントの柱頭を持つこのジャイアント・オーダーが聖堂の身廊を構成する列柱となっています。その背後が小さな円柱が立ちならぶ側廊なのです。大きなピラスターの両脇に建つ小さな一層分の円柱が側廊部分列柱を構成している。つまり、この内部空間あるいはドラマの空間は、別の見方では、カソリック聖堂を見慣れた人であるならば、ここは聖堂の内部空間の構成と全く同じでもあることがわかります。一方、広場を囲む左右の邸館は建物というより舞台を構成するスクリーンに過ぎません。ミケランジェロはこの一枚のスクリーンに異なる尺度のピラスターと円柱を組み合わせることで、小さな広場を一幅の絵であることより、動き回ることで具体的に体験できる古代神殿あるいは中世聖堂という演劇的世界としてデザインしているのです。
空間のドラマとみなしうるカンピドリオの広場では床面の模様は特に重要な意味を持っています。ピエンツァの広場と同様、透視画法としては逆台形、遠方の風景を近寄せる効果を持つ平面形状ですが、この広場の床面のデザインはピエンツァのような単純な透視画法としての距離、後退を表現するものではありません。左右の列柱が都市の内部空間としてのドラマを表現しているように、楕円形と放射状の石貼りで構成された床面はルネサンスの静縊や安定性とは全く異なる意味と体験を我々に準備しています。正方形でも正円でもない床面は完全であることより不完全、静止することより動くことを要求しています。楕円形はその空間に中心性は与えますが、それと同時に長軸の強さをも強調します。コルドナータを登り、楕円の長軸の一端にたどり着いた我々は祭壇に向かう身廊を進むことを強要されるのです。しかし、その中央には騎馬像ですから放射状の床石に促され回り込まなければなりません。そして、我々は楕円の単軸の一端に立たされることになります。そこから眺められるこの騎馬像はまさにジャイアント・オーダーを背景とし、古代ローマの都市を凱旋するマルクス・アウレリウスそのものの現実の姿に立ち会わされます。
再び正面に目を転じ、祭壇に赴きますと、そこは聖堂であるならば十字交差部分、空間は左右一気に解放されます。この開放はコルドナータと直行する新たな軸を生み出しているわけですが、正面右手は公園に続くギャラリーへ、左手はサンタ・マリア・イン・アラコエリ教会に向かう階段となり開かれています。この軸に平行するパラッツォ・デル・セナトーリオの階段を昇ると、この建物の玄関ポーチ、爽やかな風が感じられる空間です。振り返り見おろせば広場と騎馬像、それを取り巻く多くの人々、上げた視線のかなたは一望のもとのローマ、そこに広がるのは現実の都市ローマのドームと瓦屋根の建築群。マルクス・アウレリウス右手を挙げ、この幻想と現実にある永遠の都市ローマを賞賛しています。そして再び床面に目を凝らしてみましょう。この騎馬像を頂点とし床面は突然、円形の凸状の形態を描き盛り上がってくるではありませんか。それはまさに地球の曲面のように見えます。つまり、ここで意味するものは世界の頂(カプート・ムンディ)に立つマルクス・アウレリウス帝に他なりません。ルネサンスから隔たったとはいえミケランジェロもまた穏やかな安定した理想都市をイメージしているのです。しかし、その方法は絵画ではなくドラマとして。ミケランジェロは我々を客席ではなく舞台の上に立たせ、理想都市ローマを実感させるべく、この広場をデザインしたのです。