2009年11月22日日曜日

バロック劇場

テアトロ・トル・ディ・ノーナがその後のプロトタイプとなったのは理論家・建築家たちが、このプランをオペラ上演にとっての理想的な音響空間と見なしていたからに他なりません。楕円形平面の劇場は焦点が一つではなく二つ、全体形状が凸型ではなく、凹面であるため、音を拡散させることなく保存し集中させるので、弱音も良く聴こえるというのが当時の音響的判断です。しかし、これは全くの間違いです。現在の考え方では、微細な音を明瞭で聞き取りやすくするためには、音が重ならないように凸面で反響させ拡散させなければなりません。つまり、彼らは現在とは正反対の理論を信望していたのです。
現在とは異なるが、当時、最も新しい音響理論を発表したのはピエール・ハットやアタナシアス・キルヒャ−という人たちです。ハットは1774年、「劇場建築試論」の中で楕円形の講堂は、楕円の一方の焦点に集まった反射音が、もう一つの焦点にも音を集中させて音の「柱」を作り出すから、音を強めるという点で大いに有用だと主張しています。また、楕円が劇場本来の形と考えられたのは、人間の声は方向性を持ち、音波が楕円体で伝搬すると考えられていたからでした。しかし、凹面形状の持つ音響上の欠点は、現在では誰もが知るところですが、十八世紀のオペラ劇場のこのような欠点は実際上、大きな問題とはならなかったのは何故でしょうか。それは隔て壁で仕切られた桟敷席が壁面一杯に並ぶ観客席にあります。必要以上に飾りたてられ、吸音性の高いカーテンや内装材で囲まれている桟敷席は、僅かな反射面部分もレリーフ状の装飾が施され、音は十分に吸音されかつ微細に多方向に反響させていたのです。つまり劇場全体が凹面形を持つ欠点はさしたる問題を生じさせることもなく、むしろ多孔質な形状を持つ桟敷席やその内装材が理想的な吸音と微細な反響をもたらしていたと考えれば良いのです。
フォンターナがテアトロ・トル・ディ・ノーナを楕円形で設計した真意は音響上の配慮ではなく視覚上の理由にあります。ヴェネツィア以来すでにプロセニアム・アーチ(額縁)が舞台の両袖に設置されるのは常識化していました。このアーチの存在はテアトロ・ファルネーゼ等の宮廷劇場では、終幕のバレーに参加する貴族たちには不興ではあったのは事実ですが、舞台上のスペクタクルを演出しなければならない舞台装置家にとっては、プロセニアムアーチはもはや不可決な装置であったのです。くわえて演技する場はアーチの後ろ、と限定されつつある為、奥行きの深い客席からは舞台上の透視画法が強調され、アーチの存在は観劇にはますます有効なものとなっていました。しかし、U字形の形態を楕円形にすることの説明はまだ不十分です。お金を払って劇場にやって来る観客にとって、劇場は観劇だけが目的ではありません、劇場は観客が他の観客から注目されたい場所でもあったのです。つまり、楕円形であることにより、観客は舞台だけでなく観客席をも同時に見渡すことが可能でなければなりません。フォンターナは劇場空間のすべての視覚を統一するため、楕円形プランを採用したと考えて下されば良いのです。
劇場は古来より観劇だけが目的ではありません。舞台を眺めるだけなら、全ての座席はまっすぐに舞台を向くのが合理的、それが現代の劇場の形態です。しかし、バロック時代、フォンターナは舞台が見やすい劇場であると同時に、ギリシャ以来の劇場の本来の目的、演者・観客が一体となった全員参加の祝祭の場であることも意図していたのです。祝祭を起源とした二千年余りの劇場の歴史。その歴史の中にあって十七世紀のフォンターナはまさに古代と現代という中間に立つ両義的な劇場の型を示したと言えましょう。透視画法の強調という個人に帰着する視覚の重視の劇場と、全員参加の祝祭を支える集団の場としての劇場。テアトロ・トルディノーナの楕円形はこの両義的意味の結果であり、その形態は十八世紀、十九世紀と引き継がれ、個人と集団を支える市民社会の社交空間へと発展していくのです。



by Theater 7 - The Arched Spectacle