2010年10月30日土曜日

ブラマンテとラファエロ(サン・ピエトロ大聖堂の計画案)

新しいサン・ピエトロ大聖堂の構想のポイントは「聖ペテロの神殿」の再生、古代にならった建築の方法に従って「壮大な神殿」を作ることにあった。神殿を強調することは周辺の列強、ドイツ・フランスが標榜するゴシック社会とは一線を画すものとならなければならない。
改革を必要とする宗教は本来、旧態化したゴシック・キリスト教であって、ラテンという古代社会に起源を持つローマ・カトリックの再生は、ルターの改革とは異なる、真の宗教改革であることを示そうとするところにある。その為にはサン・ピエトロ大聖堂を教会というより「壮大な神殿」として作ること。聖ペテロの神殿の再建こそローマ・カトリックの再生、真の宗教改革と意味づけられていた。

神殿を強調する建築デザインとはマルテリウムと呼ばれる殉教者の記念堂を形作ることです。具体的には、平面形は長方形のラテン十字ではなく純粋なギリシャ十字、この十字が生み出す正方形の立体の上に半円球のドームが載る形態でなければならない。この考え方をまず、忠実に表現したのがブラマンテの計画案。(図面)図面は羊皮紙に描かれたもので、かってのウフィッツ宮殿、現在のフィレンツェ絵画美術館に残されている。
その平面は小さなギリシャ十字の重ね合わせ。空間はすべて純粋な幾何学形態で積み上げられ、その一つ一つは接点部分で前後左右自由に繋がれ、その全体は中央の壮大なドーム空間に導かれる。
しかし、ブラマンテの計画を引き継いだラファエロは正方形の一端を延長したラテン十字の平面形で設計せざるを得なかった。理想的な形態と具体的な空間利用とのジレンマ、ミサ典礼を考慮すると、旧来のバシリカのデザインに立ち戻らざるを得な胃というのがラファエロ案(図面)。
バシリカとは古代ローマにあった矩形大ホールのこと。もともとは裁判や会議あるいは市場など、沢山の市民が一堂に会する集会所として利用されていた建築を言う。ミサ典礼もまた集会であるが故に、初期キリスト教時代から、矩形のホールの一端に劇場の舞台のような祭壇を設え礼拝用建築として利用してきた、これをバシリカ式教会と呼んでいる。

水平軸を持つバシリカに対し、垂直軸が強調される記念聖堂や洗礼所のための建築。あるいは堂内を天上から神の世界そして人間界と垂直に階層化して表現した初期キリスト教時代のビザンチン教会。これらは正多角形の組み合わせ平面に大きなドーム載せる形で作られ集中式と呼ばれた。現在に見るキリスト教教会の大半は、このドームを持った集中式と礼拝の為のバシリカ、つまり二つの形態各々が持つ水平軸と垂直軸が重ね合わされた形で作られていると考えればよい。
ラファエロがバシリカに立ち戻らざるを得なかったのは、サン・ピエトロの堂内はまた儀式礼拝の場であり、多くの会衆が一同に会する空間でもあったからです。完全な二軸対象性が損なわれてしまったが、長大な行列を組織し、多くの人々を収容するためにはどうしても採用しなければならない構想の変容。しかし、ラファエロの図面を良く見てみよう。彼は「アテネの学堂」に示されるような古代ローマの壮大な半円筒ドームをブラマンテの空間に浸透させることで、サン・ピエトロ大聖堂の起源が古代社会に生きた殉教者のための神殿であることを巧みに強調している。