2009年10月27日火曜日

ベルニーニの「四大河川の噴水」

ナヴォナ広場には南北に三つの噴水が連なっている。
意外かもしれないが、噴水が都市を飾るようになるのは16世紀後半です。
イスラム都市では古くから設置されていたが、イタリアではもともと田園にたつヴィラの庭園の装置。その装置がローマの広場を象徴するようになるのは、まさにバロックの都市改革以降のこと。
グレゴリウス十三世はポポロやパンテオンの広場、そしてここナヴォナにも二つの噴水を設置した。
そして三つ目が広場の中央、サンタニェーゼ教会に対峙する「四大河川の噴水」。
この噴水はインノケンティウス十世の命により、ボロミーにではなくベルニーニが作ることになった。

政敵ウルバヌス八世が寵愛したベルニーニを遠ざけていたインノケンティウスだが、バルベリーニ広場のトリトーネの噴水やスペイン広場のバルカッチャの噴水のデザインで評判を得ていたベルニーニをどうしても無視することは出来なかった。
教会だけではなく、当然、噴水のデザインもボッロミーニが進めていたのだが、彼は決定的なアイディアに欠け、教皇への提案にとまどっていた。
あるとき、もたもたしているボロミーに代わって、ベルニーニはすかさず噴水の模型を教皇に見せることに成功する。
「彼(ベルニーニ)の作品を採用するのに抵抗するただ一つの方法は、それを見ないことだ。」と教皇にいわしめ、ベルニーニの噴水が誕生することになった。

作品がすでに完成し、教皇がそれを見に来た時のエピソードはベルニーニの息子は日記に残さしていて大変面白い。
「何時になれば水がほとばしるのを目にすることは可能であるか」。
ベルニーニは答える、「いまだ時を要します。万事を整えますには大変な時間が要りましょう。しかしながら他ならぬ教皇猊下のためですから、速やかに最善を尽くしましょう。」
実際は極秘の合図ひとつで大量の水が噴水に流れ込むよう、あらかじめ手筈は整えられていた。
教皇が立ち去ろうと最寄りの出口に差し掛かった時、水のざわめきと大量の水が噴水に流れ込む大音響が轟く。教皇はその驚異の有様に呆然とされた、とかかれている。
バロックの都市ページェントやオペラの開催まで仕切る天才プロデューサー、ベルニーニの面目躍如。
以来、彼はこの教皇にも深い愛顧を受け、沢山の作品を作り続けることとなった。

ベルニーニの噴水は世界の四つの大河がテーマとなっている。
ヨーロッパのドナウ、アフリカのナイル、アジアのガンジス、そしてアメリカのラプラタ。世界は4つの地域によって構成され、その隅々にまで流れる全ての水がこのナヴォナに集結する、というのがベルニーニのドラマなのです。
だとすれば、この噴水の見どころは全ての水が集まっては消えていく排水孔にあるはずです。
ベルニーニは水を飲み込む巨大な海蛇にその役割を与えている。
四大河川の流れが集結するここナヴォナは、教会の権力が世界の隅々まで浸透していることを意味するが、広場自体もまた、三つの噴水によって四つのゾーンに分節されていることで、教会権力が四大陸で構成される世界全体を支配していることを象徴している。
インノケンティウス十世は自身の出身であるパンフィーリ家の宮殿と教会が建つこのナヴォナ広場を四大陸に見立て、その河川の集結を中央の噴水で示すことによって、教皇自身が世界の中心にあるのだ宣言しているのです。